いつもの駅へ向かうエスカレーターでふと上を見上げたら、無数に空いた小さな穴から太陽の光が降り注いでいて、え、星空??
…と思うと同時に、急いでスマホを取り出し、シャッターを何度も切りました。
エスカレーターに乗りながら真上を撮りまくる私は、ちょっとした不審者のよう。
でもほら、こんなに綺麗なんですもの。
撮らない理由がなくないですか。そうでもないですか。
私は今まで何度も通っているのに、こんな仕掛けがあったとは全然気づかなかったんです。
私はきっと死ぬまで、こういう一瞬のきらめきを拾い集めることに執着していくんだろうね。
そんな風に思う夏の午後。
ここ最近、歩きながらスマホであらゆるものを撮るようになりました。
(参考記事)おしゃんぽマインドフルネス/おしゃれ通りの写真をお届けします
ただ、何でもかんでも撮っているわけではなくて。
「綺麗だな」「いいな」と心が動いた時だけ。
そうしていると、不思議と心に余白が生まれる気がするんです。
こうして私は、心に響いたものを撮ることを、「余白あつめ」と呼ぶようになりました。
6月は道端に咲く紫陽花がかわいくて、見つけるたびに撮影。
曇りの日はしっとりして綺麗だし、
雨の日はいきいきして見えます。
私、つい最近まで、道端の花を撮ることなんてなかったんです。
それはきっと、「見てなかった」から。
アウトオブ眼中だったんですよね。(死語なの?)
でも、花って綺麗だなって気づいた。
だから撮るようになった。
そして紫陽花のシーズンが終わったら、枯れた花には見向きもしなくなった。
…「メメント・モリ」を知るまでは。
(参考記事)死を想え。縁起でもない?否、メメント・モリ
今では枯れゆく紫陽花を見て、諸行無常を感じています。
ジャミさんからいただいたコメントがとても言い得ているなと思ったので、引用させていただきますね。
「どのシーンも世界のワンシーン」。名言ですね。
「どの瞬間も 流れゆく循環のひととき」。ほんとうに、それです。
私はこうして、スマホで余白をあつめています。
カメラはなんだっていいんです。
(参考記事)「おすすめのカメラは?」という質問への長めの回答
あなたも、スマホで余白を撮ってみませんか?
追伸
お写真も見せてもらえたら嬉しいので、Chat機能を使ってみることにしました。
(コメントだと写真は貼れないけど、Chatだと貼れるみたい)
もしよかったら、あなたの撮った「余白」を見せてください。








余白あつめ、素敵です🤩
世界は美しいです